むしむし特別企画! 車谷長吉さんインタビュー 第3回
特別企画! 車谷長吉さんインタビュー
反時代的毒虫、虫を語る
●第3回 文学は毒虫でないと書けない
―― 「武蔵丸」と「虫の息」という短篇には、ホソハリカメムシ(細針亀虫)という虫も出てきますね。
車谷 ホソハリカメムシって小指の先ほどの虫だよね。西日暮里駅の崖につる草が生えていて、そのつる草を引っこ抜いて……根は引っこ抜かないけど、家に帰ってきて花瓶にさしていたのよ。チューリップとかさ、ああいう西洋の花はきらいだから。金もかかるし。だから崖なんかに生えている草なんか引っこ抜いてくるわけ。葉っぱの裏に偶然いたんだな。気がついたら畳の上をはいまわってた。写真を撮って嫁はんとふたりで図書館へ図鑑を見に行ったんだよ。それでホソハリカメムシだということがわかった。
―― カメムシだから臭くないですか?
車谷 いや、カメムシとホソハリカメムシというのは、まったく別の虫。ホソハリカメムシはなんの臭いもしない。たしか、15日間くらいウチの畳の上をはってたんだけど、ある日いなくなっちゃった。
―― 好きな虫、きらいな虫はありますか?
車谷 そうだねえ、べつにイヤだなあという虫はゼロだな。
―― 一説によると人はクモ嫌いと蛇嫌いに分かれるらしいですが……。
車谷 私はどっちもイヤだと思わない。ウチの庭に行くとクモの巣がいっぱいあるよ。今の家には蛇は出てこないんだけど、今の家から10分くらいのところ、白山上(文京区)に住んでいたときは蛇がよくいたなあ。台所の窓からよく部屋に入ってきたね。で、ピッと首つかんですぐ外にホイって。
――それはなかなかできないですね。
車谷 いや……あらゆる動物は、虫も含めて、人間のほうがまず騒ぐね。そうすると相手は威嚇されていると思うから恐怖心を感じて、具合悪いことがおこるわけだ。だから蛇なんかでも顎の下をなでてあげればさ、とぐろまいて「もっとなでてくれ」ってなる。こっちが騒いで足で踏んだりすると、向こうも攻撃されたと思うから、足に胴体巻きつけてくるよねえ。
ただ、マムシと沖縄のハブは人間を恐れない。ハブは会ったことないけど、マムシは田んぼによくいた。ふつうの蛇というのは頭が小さいのよ。マムシはふつうの蛇より3倍くらい大きいでしょ。脳みそがいっぱいつまっているんだろうね。人間の弱点をよく知っているよ。田んぼの水がたまっているところで、手を洗おうとするでしょ。そこの草かげに必ず待ってるよ。で、飛びかかってくる。手には手甲(てっこう)をしているでしょ。だからこっち(腕の内側を示して)へくる。で、70センチくらい飛ぶね。だから農家の子は幼稚園に入るくらいのころから、手を洗うときは気をつけるようにって親に言われるよね。田舎でも家が農家ではない子は噛まれるなあ。マムシに噛まれると一生しびれは抜けない。
―― ご自宅に「蟲息山房」と名づけていらっしゃいますが、その由来は?
車谷 あれはね、最初嫁はんと所帯を持った家に、さっき話したホソハリカメムシがいたわけですよ。で、「虫」っていうのは今は戦後の当用漢字で虫ひとつにしちゃったけど、正字は虫3つでしょ。だから、私と嫁はんと虫で3匹でいると。
―― ご自身も虫なわけですね。
車谷 そうそうそう。虫が息をしている。「山房」というのは書斎という意味ですよ。
―― そういえば、車谷さんはよく「反時代的毒虫」と形容されますね。
車谷 あれはね、もう亡くなったけど、新潮社の川嶋眞二郎さんという編集者がいて、ぼくの大学の先輩で、その川嶋さんがウチにもよく来てたよね。ホソハリカメムシを見て、さっきの蟲息山房と名づけたわけ。「反時代的毒虫」という名も『鹽壺の匙』の本の帯に川嶋さんがつけた。
―― 毒虫と呼ばれるのは、どうですか?
車谷 文学には毒がないとぜんぜんだめだからね。100パーセントだめだから。私は毒あると思いますよ。活字を読んで、私より毒の強い人、会ったことない。
―― 毒虫はほめ言葉なんですね。
車谷 まあ……しょうがない。川嶋さんはそのつもりだったんだろうね。
(完)
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車谷長吉 くるまたに・ちょうきつ
昭和20年、兵庫県飾磨(現姫路市)生まれ。
慶応大学卒業後、広告代理店などに勤務しながら、小説を書き始めるが挫折。
郷里に帰り、旅館の下足番や料理屋の下働きとして関西を転々、「無一物」の生活を送る。
38歳で再上京。47歳のとき、書き継いできた私小説をまとめた作品集『鹽壺の匙』を上梓、
芸術選奨文部大臣賞、三島由紀夫賞を受賞する。
平成10年の『赤目四十八瀧心中未遂』(直木賞受賞)ほか著書多数。
妻は詩人の高橋順子さん(小社から詩集『あさって歯医者さんに行こう』を刊行)。
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