『サハラに死す』上温湯隆著 荒野に死す #2
※以下本稿は「BE-PAL」2003年2月号に掲載された「青空図書館」の記事をWeb用に改稿し、再掲しています。
さらに、荒野の死をめぐって、読書を続ける。
『サハラに死す』。副題に「上温湯隆の一生」とある。
だが、読んでみると、一生というには、あまりに短い。
上温湯隆は、1974年1月、一頭のラクダとともに前人未到のサハラ砂漠横断に挑み、その途上、弱冠22歳で、不帰の人となった。当時、私は高校3年生だったが、まったく知らなかった。
ごく簡単に、概略を追う。
隆は、高校を1年で中退し、バイト資金を元手にアジア、中東など50数か国を旅歩き、その間、サハラ砂漠を3度縦断して、その虜になった。
当時、人生の規制コースからあえて外れて自己確立しようとすることを「ドロップアウト」と称し、私の周囲にも、隆のような友人は、それこそ腐るほどいた。
そして、21歳の冬に、隆はアフリカ西海岸の町ヌアクショット(モーリタニア)から、ラクダに乗ってサハラ砂漠横断7000キロの旅に出発する。
「一人、砂漠を見つめている。砂、砂、砂だけの世界、果てしない砂の海を、真っ青な大空がドームのように包む。空の青と白い砂が遠い地平線でつながり、太陽がギラつく。
暑く、汗が流れ、俺は今孤独だ」
乾き、飢え、熱暑、砂嵐、迷い風、孤独、金欠……に苦しみながら、しかし砂漠の民や放浪する若者たちに助けられながら、からくも旅が続行される。
だが、300キロを踏破した時点で、相棒のラクダ「サーハビー」を衰弱で失い、挫折する。「サーハビー」はアラビア語で〝わが友〟。
「冒険とは、可能性への信仰である」
これが、隆の大好きだった言葉だ。
本書を読めば、素人目にも、少々無謀という印象を否めない。しかしその無謀さは、若き上温湯隆のパワーの尊い源泉であり、善し悪しは結果論でしかない。
何より、その果敢すぎる冒険に説得力を与えているのは、彼の動機とヴィジョンであろう。
上温湯隆は、〝自己実現〟よりも、金儲けよりも、世の人々のために尽くしたいと熱望する、実践の人であった。その点では、ほぼ同年齢で荒野に逝ったクリス・マッカンドレス(前号で紹介)のほうが、より文学的、哲学的で、つまりは利己的だったといえる。
隆がサハラ砂漠に持ち込んだ本は、『徒然草』『太平記』であり、『英文解釈の基本文型二〇〇』である。つまり、サーハビーの背中に揺られながら、受験勉強をしたのである。
彼の夢は、この大冒険を成し遂げ、大検資格を取り、大学で地理と歴史を学び、国連スタッフになってサハラのために尽くすこと……だったのだ。
だが、その燃えさかる、若き、熱き血潮が、隆を死地に誘う。
「死ぬまで戦わない自分が恥ずかしくないか、一生悔やまないか」
隆はサハラの町に踏みとどまり、四方八方に金策し、善意にも恵まれて、サーハビー二世とともに挫折地点から再出発する。ハゲタカの餌食となったサーハビー一世の骨を拾いつつ……。
1974年5月29日。上温湯隆は、熱砂の上で渇死した。居住地区からわずか20キロ。再出発から、まだ間もない遭難である。
ラクダの姿は、ついに発見されなかった。気性の荒いサーハビー二世が水と食料を背に駆け去ったものと推定された。
人のために尽くそうとした人生ほど、尊いものはない。
惜しい。
*
隆の母・幸子は、薩摩武家の血を引く女性であったらしい。
「人の価値は死に際で決まる。武士に学んで、潔く死ぬことを心にとめおいてほしい……」
そのように母に諭されながら、隆は育った。
むろん、母は、隆の一日でも早い帰還を望み、願い、祈った。
随所ににじむ、この母子の情愛の機微は、すでに私も親の年齢ゆえ、平静に読めなかった。
上温湯隆の遺骨は、没後十年がたってから、彼を慕ってサハラに渡った青年有志によって発見されて、帰還した。
その気丈の母は、遺骨を胸に抱いてまもなく、急逝する。
父は、世界を渡り歩く貿易商であったらしい。サハラで隆を援助した長沼節夫(元時事通信記者)は、こう書いている。
「(隆の海外放浪は)あるいは〈父の顔みたさ〉という心理の延長線上にあったか」
その父が、妻の葬儀に姿をみせなかったというくだりは、本筋とは無縁のことながら、ずしりと心に響いた。
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20年ほど前にアウトドア雑誌『ビーパル』(小学館)の書評欄に連載させていただいていました。
「青空図書館」とか「原始力ブックストア」というコーナータイトルだったと思います。あるとき、たまたまJ・クラカワウ著の『荒野へ』(前回紹介、元タイトルは「Into The Wild」)をとりあげてみて、……やっぱり“荒野の死”って、大きなテーマだし、刺さるヨ……という話になり、しばらく続けてみることになりました。
古いファイルをめくってみると、どうやら以降6回、続いたようです。手元には4号分しか見当たらないのですが、順番に読み直してみようと思います。
Amazonをのぞいてみると、この上温湯隆『サハラに死す』も、その後、長く読み継がれているようです。
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